はじめまして、Endo IT トレーニング代表の「さとっち」です。
私は現在、山口県の宇部市と下関市で「Artec エジソンアカデミー」というロボットプログラミング教室を運営しています。
今日から少しずつ、私がなぜ「50代半ばで安定を捨てて、地方で教室を始めたのか」。 そして、そこから見えてきた「教育のリアル」について、当時の記憶を振り返りながら書き記していこうと思います。
第1回の今日は、創業前夜の「熱狂」と「勘違い」のお話です。

「先生、データによれば、当時の先生は『市場調査』よりも『情熱』を優先させたようですね。経営戦略としては『リスク過多』な判定が出そうですが……?」

「手厳しいな(笑)。でも、その通り。あの時は『計算』なんかできてなかった。ただ、どうしても無視できない『格差』を目の当たりにしてしまったんだよ。」
2017年、首都圏の「熱狂」
私がプログラミング教室を開講したのは、今から少し前の2017年のことです。
当時の私は、IT技術研修の大手企業とパートナー講師契約を結び、主に上場企業やそのグループ企業の新人研修などを請け負っていました。月の半分は東京、半分は山口という二拠点生活。飛行機で東京と山口を行ったり来たりする日々です。
その頃の東京は、ある種の「危機感」と「熱気」に包まれていました。
- 「IT人材が世界的に不足する」という予測
- 「今の子供たちが就く職業の65%は、まだ存在していない」という論文
- 「AIに仕事を奪われる」という漠然とした不安
これらが連日ニュースになり、「将来世代はIT技術を使えなければ生き残れない」という切迫感が漂っていたのです。
情報と人材が集まる首都圏では、プログラミング教育への関心が爆発的に高まっていました。「子供に何を習わせる?」「やっぱりプログラミングでしょ」という会話が、当たり前のように聞こえてくる時代でした。
今(2025年)、当時を振り返ってみると、あの時の危機感は「予言」のように現実のものとなっています。
飛行機を降りると感じる「時差」
東京での激務を終え、飛行機に乗って山口宇部空港に降り立つと、空気が一変します。 とたんに、の~んびりとした感覚に包まれるのです。
私は岩手県の生まれで、就職後は神奈川県に住んでいました。ここ山口は妻の故郷であり、私はいわゆる「Iターン」で2014年に移住してきました。 生まれ育った土地ではありませんが、不思議と「帰ってきた」ような安心感があり、時間の進み方が明らかにゆっくりに感じられます。
都会の人混みを離れ、妻の地元へ移り住んだ私にとって、それは本来「望んでいた環境」のはずでした。
しかし、生活していると「不便」という言葉では片付けられない違和感を覚えるようになります。
こちらは完全な車社会。公共交通機関で移動するのは一苦労です。 信じられないかもしれませんが、ここ山口でSuicaなどの交通系ICカードがバスや電車でまともに使えるようになったのは、ここ数年の話なのです(記事執筆時点)。
移住したての2014年頃には、役所や企業で「手書きの書類管理」によるミスや不正のニュースを目にすることもありました。
「地方はこれほどまでに、IT技術への関心がないのか?」 「このままでは、地方の子供たちは取り残されるんじゃないか?」
正直、「ヤバいな」と思いました。もちろん、悪い意味での「ヤバい」です。
「デジタル・ディバイド」への根拠なき使命感
2017年当時、首都圏では親たちが「子供に最先端の教育を!」と血眼になっていました。 ひるがえって山口では、プログラミングの「プ」の字も見かけません。
都市部と地方の間に横たわる深い溝――「デジタル・ディバイド(情報格差)」を、肌感覚として強烈に実感した瞬間でした。
そんな状況で、私の中に「根拠のない使命感」がムクムクと首をもたげます。
「一人でもプログラミングを学びたい子がいるならば、私が教えよう」
首都圏であれだけ盛り上がっているのだから、同じ日本、地方だってそこそこの需要はあるはずだ。 いや、むしろこれだけ遅れているからこそ、私がやる意味があるんじゃないか――。
そう思い込んだ私は、すぐに動き出しました。 プログラミング教室のフランチャイズ資料を取り寄せ、授業内容を検討し、契約書に判を押し、意気揚々と生徒募集を始めたのです。
過去の自分に言いたいこと
もし今、タイムマシンに乗って2017年の自分に会いに行けるなら、私は胸ぐらを掴んでこう叫ぶでしょう。
- 「やめとけ! 黒字になることはないぞ!」
- 「もうちょっと収支の計算をしようよ!」
- 「ちゃんと市場調査したのか!?」
……言いたいことは山ほどあります。 意気揚々と船出した私を待っていたのは、「需要がない」という冷酷なまでの現実でした。
しかし、この無謀なスタートがあったからこそ、私は後の9年間で**「本当の教育とは何か」**を、子供たちから教わることになります。
(次回、「生徒3人からのスタート」へ続く)

「『黒字にならない』と言いながら、9年間も続けてこられたのはなぜでしょう? 数字には表れない『利益』があったのかもしれませんね。」

「そうだね。お金の計算は赤点だったけど、子供たちの成長という『資産』は莫大だったよ。次回は、そんな創業当初の話をしようか。」
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